社長物語

  

生まれと学生時代

生まれと学生時代

私は1949年(昭和24年)2月5日に函館市若松町に次男として生まれました。

私の家は、能登半島石川県珠洲市で生まれた祖父(初代辻 才次郎)が
1920年(大正9年)に創業した材木屋でした。

その後、父(2代目辻 才次郎)が引継ましたが、
母方も商家の番頭さんでしたので、小さい頃から木材に囲まれ、
大工さんや店の人の囲まれて育ったので、父の背中を見ながら、
将来はこの事業を引き継ぐというレールに乗せられながら
商人の血統を引き継いできたに違いありません。

若松小、的場中、ラ・サール高と函館で過ごし東洋大学に進学した訳ですが、
中学校の時に自宅移転の為、新川中を変更して的場中に進学しました。

当時は一学年13クラス一学級56人の大所帯の為教室が足りなく、
一年A組に割り当てられたのは技術家庭の工作室で通常の授業を受けるには、
他のクラスが体育の時間に移動して受けなければなりませんでした。
小学校からの友達もいない私は大変寂しく、辛い時もありましたが、
この時の経験があったからこそ今があるのかとも思います。

高校、大学とそれぞれ部活やゼミなどで仲間との出会いの中で勉強に、社会経験にと
いろいろと経験しましたが、学生と社会人などの考え方、環境の違いも大変貴重な経験でした。

修行時代

大学を卒業するにあたって、稼業の材木屋に戻る事も勧められましたが、
「他人の飯を食う」必要性を感じ、当時一部上場企業の大手建材メーカーのに就職し
東京営業所に配属されました。

急成長の会社はまるで「たこ部屋」を彷彿とされるモーレツ企業の営業部門に身を投じ、
朝早くから、夜遅くではなく朝早くまで働きました。
仕事は厳しかったですが、若い人が多く、仲間や先輩そしてお客様から支えて頂いて何とかこなして来ました。

お客様に怒られる時もありましたが、もって生まれた「笑顔」で切り抜け、
「ありがとう」と言われた時には本当にこの仕事をして良かったといつも思っていました。

小売の勉強も体験したかったので、4年間務めていた会社を辞め、都内の従業員2名の新建材屋さんに
一年間勤務し、配達から営業、集金と、メーカーとは違う商売の厳しさを経験しました。
その時にサッシの組み立てやガラス切り、大工さんの手伝いなどが思い出となっています。

その後当時東京にあった当社営業所で更に4年間経験を積ました。
当時当社になかった部門の大工様、工務店様への新規開拓を仕事としました。

建材の方は十分に把握しておりましたが、木材は素人に近いものでしたので、
お客様に教えてもらい、失敗を重ねながらたくさんのお客様にかわいがっていただきました。
配達なども大都会は何回も行けないので、「明日朝使用するまでには必ずお届するから」の約束の下に受注し、
夜中に運んで警察の職務質問も受けたこともあります。

地元函館に帰って

地元函館に帰って

1979年(昭和54年)本社函館に帰りゼネコン様や大工様に
資材納入の仕事を担当しました。
競争も厳しかった為、内装工事・木工事などの工事を
受注するようになりました。

図面を見ながら現場へと何回も足を運び見積から、
職人さんの手配等難しい事を教えて頂きながら行って来ました。
資材の仕入れの為、道内外を飛びまわていたのが思い出されます。

1981年(昭和56年)妻と知り合い、結婚をしました。
妻の実家は公務員ですが管理職の為、朝早い、夜遅い、休みはいないの
生活にも理解があり、仕事に全精力をつぎ込めるよう支えてくれました。

自分の子供が出来き、初めて親のありがたさを理解し、
いろいろ考えてくれていた親に感謝の気持ちで一杯でした。
又、この家族と一緒に仲良く幸せに暮らしていかなければと思い、
責任を強く感じた時期です。

資材販売をするなかで建築屋様のお客様の上棟式に呼ばれ参列しましたが、
お施主様の本当に心から喜ぶ姿を見て、
私たちもいつかお手伝い出来喜んでもらえればと心に想った時期です。

家づくりの始めとお手伝い

1998年(平成11年)頃から社業の将来を考え、ローコスト住宅建築に取り組み試行錯誤を重ねていましたが、
「最初の表示価格と最終のお引き渡し価格に大きな違いがある」事に疑問を感じていた時、
今お付き合いしている全国の工務店仲間と出会い刺激を受け「お客様の幸せを考える」ことに傾注していきました。

考えて見れば、ほとんどの方が一生に一回の家づくり、とても難しいものです。

私自身も家を建てた経験から家づくりにはたくさんの「悩み」「疑問」「不安」があることを肌で感じていました。
その問題を解消するお手伝いをすることが私たちの使命と思い、
難しい家づくりをもっと易しくお伝えをしてお客様の選択肢を探し、
道しるべを打ってお手伝いしよう。
お客様の一生のパートナーとして存在し続けようと決意しました。

つまり、「家を売るのではなく、家づくりのお手伝いをする」ことが私たち使命なのです。

お客様の人生をかけた挑戦である「家づくり」の為に私たちにその人生を託してくれる。
そんな重大な責任をまっとうしていかなければならない。
お客様の家づくりを失敗させてはならないといつも思って身を引き締めてお手伝いしております。

夢の来る家

マイホームは人生の夢です。
家族と仲良く幸せに暮らす為の家。
つまり、夢が来る家をつくろうと屋号を「来夢(らいむ)ハウス」としました。
お客様の夢を実現して行く為には、あらゆる勉強と試行錯誤を繰り返しながら切磋琢磨して、
住宅を建てるお客様に家づくりを少しでも解りやすくお伝えしていかなければなりません。
その為に、次の様ないろいろな方法を使ってお伝えしております。

本の出版 「夢はすぐそこ」

①本の出版 「夢はすぐそこ」~ママの力でマイホーム~
2009年出版
皆様の夢はすぐそこまで来ているのにうまく掴めないのが現実です。
家づくりに関する知識、考え方、方法を解りやすく書きました。

②現場見学会
家づくりを失敗しない為には実際に居住する家を見て間取りや広さ感の感覚を研ぎ澄まし、
家づく家づくりの為の知識と比較対象基準を習得しなければなりません。
又、住宅会社の考え方、社員の対応等を確かめなければなりません。
一生のパートナーを探す機会ですから厳しい目で確かめる必要があります。
もちろん最低保証としての社長が見学会にいる事が最も大事な事です。当然、「売込」はご法度です。

現場見学会 現場見学会 現場見学会 現場見学会
セミナー

③セミナー
「住宅ローン」「家づくり勉強会」を中心に無料で解りやすく、
家づくりの方法と考え方、心構え等をしっかりお伝えしていきます。
毎月やっておりますので何でもよろず相談です。

ライフプラン

④ライフプラン
ライフプランとは漠然と考えていた夢や不安を洗い出し、
将来の予算を見える化する事です。
いわば人生の収支計画を決めるお手伝いをしていきます。
安心安全な計画で家づくり進めたいですね。

こんな形で夢の来る家づくりのお手伝いが出来少しでもお役にたてれば幸いです。

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